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父と子の関係

お父さんというものは、いったいどういう存在なのでしょうか。

会社へ行って毎日仕事をする存在?

たまに帰ってきたと思ったら、お酒を飲んでグチグチ文句を言っている存在?

はたまた日曜日には子供と楽しく遊んでくれる家族思いの良きパパなのでしょうか。

 

子供さんにとっては、「お父さん」というのはわかりにくい存在のようです。

実際一緒にいる時間が短いので仕方のないことかもしれません。

 

お店屋さんなど、自宅が仕事場のお父さんならばそんなことはないかというと、

それも忙しくて子供とあまり話す時間もないということです。

 

日本のお父さんはよく働くというのが常でした。

頑張っている、という点ではとても評価されるべきことですが、

「家族と向き合ってコミュニケーションを取る」という意味では、

ものすごく短い時間しか取れていないというのが実情のようです。

 

お父さんは子供とのコミュニケーションが取れないとか苦手な人が多く、

お子さんのほうもどのようにしてお父さんとの距離を縮めればいいのかわからないのです。

 

少なくとも、恥ずかしがらずにいろんなことが言い合える関係ならば、

よい親子関係に結びつけることができるのかもしれませんが、

無口な父親に無口な息子ともなると、

まるで他人のようになってしまっているご家庭も、少なくないようなのです。

 

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母と子の関係

日本社会においては、母は子育ての大黒柱です。

特に経済成長の時代からは父性がどんどん消滅していきました。

 

最近では母親も外に出て働くのが普通といってもいいくらいですから、

もしかすると母性もまた薄くなっていっているのかもしれませんが、

しかしとにかく母親が子供や家庭というものを仕切っており、子供に大きな影響力を持っていました。(います。)

 

「マザコン」という言葉に代表されるように、母親と子供の密着ぶりを表す現象は多々あります。

それは「母親とは偉大なもの、素晴らしいもの」という事実とともに、

親と子のコミュニケーションという視点から見れば、

お母さんの影響力というのはとても無視できないのは間違いないことです。

 

多くの子供にとって、お母さんは父親以上の親でありまた安心できる母体でもあるのです。

しかしそれは反対に見ると、母親の行動はすべて子供の命運を握っているといってもいいのです。

 

子供が自分に自信がもてるかどうかは、お母さんが良く褒めてきたかどうかによって変わりますし、

母親が日常的にウソをついているとしたら、

そのお子さんが何度もウソをついていても不思議ではないでしょう。

 

しかし子供さんが成長するとともに、母親の人格とは当然別のものとして、

自分の求めるものが生まれてきます。

 

その時余裕を持ってちょうど良い距離を置けるというのが、

母と子のコミュニケーション関係は、ストレスのないものといえるかと思います。

 

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近い距離であるがゆえの良い点、悪い点

家族のコミュニケーションには、意外と知られていない盲点が多く隠されています。

それはなぜかというと

「家族は仲がいいものだ、コミュニケーションは取れていて当然」

という常識、または偏見があるからです。

 

「自分は家族のことをわかっている」「私は息子のことをわかっている」

と思っていたとしても、どこまで真に理解しているかというとまたそれは疑問なのです。

 

たとえ好きなものや嫌いなものを知識として知っていたとしても、

家族には個人個人の「特性」というものが存在します。

 

「それに対してどう感じているか?」「そういう行動を取っているか?」

という所を含めて、深層ではわかっていない部分というのがお互いにたくさんあるものなのです。

 

たとえ同じ家で長い年月を過ごしていても、必ず分かり合えるというわけではないのです。

 

家族に限らず、親友や幼なじみなど、近い距離のコミュニケーションにおいては、

同等の立場であり互いに心を開いている状態ならばとても気持ちのよいものです。

 

しかし、暗黙のうちに上下の関係になっていたり、

狭い人間関係の範囲を利用しての束縛や命令などが、

実際に家族のうちにも見られることは専門家の間ではよく知られています。

 

そして家族であるからこそ他人が介入することが少なく、

一方に不利な関係が数十年にわたり続いてしまうことも珍しくはありません。

 

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家族のコミュニケーションとは

家族のコミュニケーションというのは、とても簡単なようで難しいものです。

 

それは、生まれた時から当たり前に存在する家族なので、

コミュニケーションを取ることは自然なことですよね。

 

他人が未知の存在だとすれば、子供にとって親の存在は

「既に知っている安心できる存在」なわけです。

ですから気を使う必要がなく、精神エネルギーもそれほど使いません。

 

そうでない場合、つまり他人だらけの中にいる時間が毎日なのだとしたら、

普通は数日でヘトヘトになってしまうことでしょう。

ですから、当たり前に存在する家族ほど、ありがたいコミュニケーションの相手はいないのです。

 

しかしそれは家族のコミュニケーション関係が上手くいっている場合のことです。

 

大抵の家族は何かしらの欠点があります。

他人の家の芝ほど立派に見えるといいますが、

実は「すべてが上手くいっている」家庭というのはないのです。

 

親子関係や、兄弟姉妹の関係、祖父母との関係や親戚との関係を含めると、

近い存在だからこその難しさや思い込み、というものもあるのです。

 

ですから表面上を取り繕うだけでなく、

本当の意味で家族の信頼関係を築くということは、想像以上に難しいこともあるのです。

 

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大学以降の人間関係

大学以降の人間関係では、ひとつ段階が上の大人のコミュニケーションを求められます。

 

思春期をひとまず通り過ぎ、落ち着きや余裕が生まれ始めます。

(こちろん個人差はありますが)

ことに大学生は「自己責任」を求められますので、自分で決定することが多くなるでしょう。

 

ただ自由度が上がるかわりに、だれもストップをかけてくれないという危険性もあります。

学生さんの中には軽い気持ちでローンを組んでしまって大変なことになる人もいます。

 

そして自由度が上がるということは選択肢も大幅に増えるということで、

性格や付き合い方のバリエーションも増えます。

 

「それぞれどういうやつがいたって別に構わない」という空気が大学にはあります。

(基本的には、ですが)

次々とコミュニケーションを積極的に取っていく人はどんどん友人が増え、

逆に一人を満喫する人はずっと一人のまま過ごす、という学生さんもいます。

 

多くの学生さんは地元から離れて新たな人間関係を構築しますから、

新しいコミュニケーションが作りやすいタイミングともいえるでしょう。

 

しかし反対にいうと、それにつけこんでマルチ商法などの詐欺に遭ったり、

騙されたりすることも大学生には多いのです。

良くも悪くもコミュニケーションの交錯が活発になる時期ともいえます。

 

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部活動でのコミュニケーション

部活動といえば仲間とのチームワークや共同作業が求められます。

そして先輩や後輩などの、上下関係のコミュニケーションを求められる部活動も少なくありません。

 

こういったコミュニケーションの良い面を言えば、

チームとして集団の中での礼儀や作法を学べるということです。

 

しかし反面、理不尽な目にあったり上下関係を利用した不当な扱いが

日常的に行われたりといったこともあり、

それは表面化しないところでの問題でもあります。

 

中学生や高校生においては「先輩の言うことは絶対!」

といったような伝統が残っているところがほとんであり、

部活動を通して上下関係の厳しさを体感させられることも多いでしょう。

 

「これを乗り越えていくからこそ人間が形成されるのだ」というのも一つの意見ですが、

できることなら気の合う仲間たちと同じ目標を追求する喜びを共有して、

その上でのチーム、仲間、上下の関係であれば理想的だと思います。

 

しかし、コミュニケーションの得意でない人にとっては、

必ずしも部活動が喜びの時間にならず、苦痛の種になるということも考えられます。

 

部活動という活動の中では、どういった態度や行動が自分に求められているかを知ることが重要になるでしょう。

体育会系なところでは厳しい上下関係もあるでしょうが、

仲間と協力しあいながら目標を追求することは、良いコミュニケーションを形成します。

 

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教師・大人とのコミュニケーション

子供同士のコミュニケーションは並列の関係です。

しかし、教師や親とのコミュニケーションは上下の関係といえるでしょう。

 

実際に人間の価値が上下なのではなく、立場が上下なだけなのですが、

このことをしっかりと把握している大人はあまり多くありません。

 

そして子供たちもそのことをよく知っているので、

むやみに大人に近寄ろうとはしません。

 

中学生ともなると、親と接する時間は減るのが普通ですし、

言えることと言えないことがハッキリ区別されるようになります。

 

子供は大人の「隠されていた部分」というのが嫌でも見えるようになってきます。

 

小学生の時は「はやく大人になりたい」と思っていたとしても、

「大人というのはウソだらけだ」という感想を抱くようになることも考えられ、

どうしても大人の欠点が目に付くようになるものです。

 

しかしそれは同時に、大人の「人生の師」である部分を失うことにもなります。

 

本当にちょっとしたことで悩んでいた中学生が、大人の一言で救われることがあります。

このことは目に見えないのですごく伝わりにくい部分ですし、

どのような大人が側にいるかによって、大きく違います。

 

下手をすると自尊心を傷つけられるだけなので、

子供は迂闊に自分の秘密を大人に話せないのです。

 

信頼して心を開ける大人を見つけられるかどうかというのが

中学生時期の大人との関わりでは重要になってくるでしょう。

 

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いじめと不登校

いじめと不登校は中学校にとって永遠の課題のようになりつつあります。

 

あたかも学校にはいじめも不登校もありませんよ、と振舞っている学校も多いですが、

多少なりとも現場にいる人なら、イジメの現場を目撃した生徒が

いかに多いかを知ることでしょう。

 

それほどまでにイジメは日常化しているともいえるのですが、

なぜそのようなことが起こるのでしょうか。

 

子供たちはコミュニケーションを学んでいるように見えますが、

ほとんどイジメはコミュニケーションの技術のないところで起こっています。

 

相手に配慮できれば、どんな事情があれ個人を攻撃する

(精神的にであれ身体的にであれ)という行為は起こらないはずです。

 

しかも相互にではなく一方的に攻撃が続く、というのがイジメの特徴です。

 

それが集団になるとさらに性質が悪いといえますが、日常化している攻撃性が、

「攻撃」と見なされていない事実があります。

 

「これはイジメじゃない、ふざけていただけです」という理由はとても多いですし、

表面的な友人関係を利用してのイジメ、というのは実に多いのです。

「なんだ、ただの友達同士のトラブルか。」それで引き下がる教師が多数です。

 

しかし被害を受けている方は毎日「死にたい」などと思っていたりするのです。

 

「弱い方が悪い」「傷付く方が悪い」という発想の大人が多いため、

教師はあまり傷つくほうの気持ちがわからないのです。

 

傷つくにはそれだけの理由や幼少期からのトラウマなどがあります。

家庭環境や育ち方によって、言葉や感情の出し方、受取り方は違います。

現在ではそこに向き合う余裕のある教師はいません。(時間的にも精神的にも)

 

繊細な子と、集団のざっくばらんな環境で過ごした子とでは、価値観が違うのは当然のことです。

そこを大人はまとめることができず、また寄り添うこともできずにいるのが現状なのです。

 

ですから子供たちは、危険を感じたら別のターゲットにそらすか、

学校から逃げるしかない、というコミュニケーションの対処をしているのです。

 

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思春期の特徴

思春期には身体が子供から大人に発達して、自分の精神と身体のギャップに悩まされます。

 

小学生の時期には、実にわかりやすい「社会」というものがあり、

その中で暮らしている人々が「生きている」ということに

疑問を持たずに過ごすことができていました。

 

しかし中学生にもなると深く「疑う」ことができるようになる時期でもあるので、

大人のウソも見えてきますし、「精神世界」が広がりを見せ始めます。

 

性に関わることでも他人に話せない悩みなどが増え、

自分というものが非常に特殊な存在に思える時期でもあります。

 

「自意識過剰」という言葉がありますが、

「自分」というものがすごく意識される時期なのです。

 

女の子のアイドル好きや、男の子がスポーツに本格的に夢中になったりするのも、

このタイミングの「特別な自分でありたい」という本能が

そうさせている部分もあるといえるでしょう。

 

この感情は裏返していえば「平凡のままでありたくない」

「他人より劣っていると思われたくない」という気持ちでもあり、

思春期は現実とのギャップに悩む日々でもあります。

 

このギャップは知識やコミュニケーションが増えていくと次第に少なくなり、

みんなそのような感情を乗り越えてきたんだ、

ということが実感としてわかるようになります。

 

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中学生時期の人間関係

中学生の時期になると、より人間関係は複雑になります。

 

思春期や身体の2次成長に加えて敏感な自意識が発達してきますから、

自分一人でもやりきれない感情を持て余してしまうのは、無理のないことです。

 

そんな中でクラスや学校での人間関係を行うとなると、

その自意識や精神がぶつかりあって傷つけあったりすることも起こります。

 

さらに大きなストレスの原因となるのが、学校生活がほぼイコール

受験と競争の毎日だということです。

 

これを上手に柔軟にかわせる子は、ストレスを上手く処理して、

趣味や部活動などに自分の気持ちのやり場を見出します。

 

しかしストレートにぶつかってしまう子や逃げ場のない状況の子は、

コミュニケーションも学校生活もままならない状態に陥ってしまい、

感情を押し殺すことが常となっている中学生も少なくありません。

 

ストレスは人により処理の仕方が違うので、この気持ちを自己に向ける子もいれば、

他人にぶつけようとする子もいます。

 

これがこじれるといじめや不登校など中学生時期の諸問題が生まれてきます。

 

こういった場合特定の個人や当事者の問題にされがちですが、

その学校自体がストレスの溜まる場所であるならば、

問題は繰り返し発生し、永遠になくなることはありません。

 

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